西新宿物語

肉汁こそやきとりのいのち

やきとりの焼き方には秘訣がある。うちでは、茨城県水戸市で生産されている、約十五㌢のうなぎ串に、モツを三切れか四切れ刺し、タレか塩をつけて焼いている。うなぎ串は丸くて刺しやすいし、お客さんも口を切るようなことがない。燃料は、一俵七千二百円の火力の強い備長炭だ。第一・第二宝来家合わせて一日に一俵使う。ガスを使えば千円から千二百円で済むが、これにはわけがある。

肉は肉汁というエキスを持っている。火力の弱いガス火で焼くと、その肝心な肉汁がぽたぽた下に落ちてしまう。それにタレをつけて食えば、タレの味は分かるが、肉の味が分からない。いってみれば、肉のカスを食うことになる。それが、火力の強い炭で焼けば、肉汁は外に落ちずに、肉の中にこもる。
通の人はビフテキもレア(生焼)で食う。 「血の滴るようなステーキ」 という言葉があるが、あれはうそだ。死んだものを切った肉に血はない。もし、入っていたらイタミがあるし、味もおかしくなっている。だから、あれは血ではなくて肉汁というエキスなのだ。

モツの場合もまったく同じで、炭で焼けば肉汁が逃げずに中に入って味がよい。だからうちでは、コストが高くなっても、備長炭を使っている。 これに関連するが、牛肉には虫がいないが豚肉には虫がいるというまちがった説がある。屠殺場では、警視庁獣医が最初に内臓を調べる。レバでも心臓でも、先の曲がった鉤でひっかけて、ナイフを入れて調べる。それで異常がなければ、合格のハンコが押される。こういうものだから、虫がいるとか、食って虫が湧くというようなことはない。 また、モツを食うのは下等だとか、ゲテもの食いだというのもおかしい。空飛ぶ鷲や鷹にしても、兎を捕えると、肉を食わずに内臓を食う。ライオンにしても虎にしても、獲物を捕えれば、まず内臓を食う。うまくて栄養が豊富だからで、これが自然の法則なのだ。
それでも近ごろでは、中国料理や韓国料理で内臓がどんどん使われるし、日本のモツ焼きや煮込みもたいへん普及して、迷信が少なくなった。けっこうなことだと思っている。

さて、焼き方だ。タレでは二度焼きする。はじめタレをつけて焼き、ころ合いを見てもう一度タレをつけて焼く。一度だけでは甘っぽい。二度焼きすると、タレがまたやきとりに乗り、濃度が濃くなる。それを調節して、その客に合いそうな味にして出す。うなぎは三度か四度焼くが、やきとりは二度で充分だ。  私は焼き工合いでは半生がいちばんうまいと思うが、これはお客によって好みはさまざまだから、強制はできない。半生がいいという人もいるし、よく焼いてくれという人もいる。
「おやじさん、まだ血が出るよ」
「死んだものに血はないよ。それは肉のエキスでいいものなんだよ」
とはいっても、やはり気色が悪そうならば、味や栄養が落ちると思いながらも、よく焼くことにする。

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炭焼き,手前の扇風機で風を送る

それにしても、昔のお客はうるさかった。
「半生にしてくれ」
「何もつけないで軽く焼いてよ、醤油つけて食うから」
「タレは一度焼きで、二度めは塩でよ」
今のお客は、注文をつける人が少なくなった。やきとりの種類についてもそうだ。
「まぜて五本、タレ」
というようなのが多い。こちらは気楽だ。しかし、何となく、もう一つ物足らない気持ちもする。

また、タレは春夏秋冬で濃度を変えねばならない。人間の体質が変わるから、それに合わせて変えるのだ。例えば、夏は人間が汗をかくので濃くしないと、 「なんだこのタレ、前より薄いじゃねえか」などといわれてしまう。
お客の年齢によっても、濃度を変えねばならない。若い人には濃い方がいいし、年配者には薄い方がいい。

十八歳の娘に、人参をいくらうまく煮ても、「臭い」とか「助平が食うものよ」とかいってなかなか食わない。それが五十代のおばさんになると、好んで食うようになる。体質が変わるからなのだ。 人の口に物を入れて金をもらう以上、そういうことも考える必要があると思う。  ところで、やきとり屋稼業もかれこれ三十六年になるが、豚のモツ焼きをなぜ"やきとり"というようになったのか、今でも分からない。おそらく、鳥を焼くのと同じように焼くのと、"モツ焼き"とか"やきとん"などというより聞こえがいいので、そうなったのではないかと思っている。私も最初は"やきとん"として売っていたが、お客も商売仲間も、たいてい"やきとり"というので、いつの間にか私も"やきとり"としてしまった。いささか引っかかる店もあるが、それで世の中通用するのだから、難しく考えることもあるまいと思っている。鮒を焼いて"すずめ焼き"といっていることでもあるから。

では、鳥も焼いてみたらといわれることもあるが、どうも私はその気になれない。今の鳥はぶよぶよで、味にもコクがないし変化に乏しい。だから飽きやすい。私はやはり、モツ焼きだけやる方がいいという気がしている。