西新宿物語

ほんとの飲み屋

二十代の元気な男性客で、私に飲ませたり、私と話したりするのが楽しみという人たちが何人かいる。毎日、入れ替り立ち代り来てくれる。すっかり常連になっているので、この間、余った大根をスライスに切って、少し甘口の酢漬にして、サービスに出してあげた。すると、
「こんなに忙しいのに、どうしてこんなものを出すんたい、おやじさん」
という。それで私はいった。
「そうじゃねえんだ。忙しい日にこういうことをやるから、ひまな日がなくなるんだ」
「なるほどー、うめえこというなあ、あとの一言がよお」
私は、こういう話をして楽しんでもらえるなら、飲み屋のおやじ冥利につきるなあと思った。

仲通りの飲み屋はどこも小さい。だから、ビール一本ぐらいで何時間も動かないような客は、どの店だって入ってもらいたくない。酔っぱらい、金を使いそうもないの、いい感じがしないの、などと見ると、
「そこは予約席たよ、だめたよ」
と、ぽんぽん追っ払ってしまう。これも、長年の経験による生活の知恵なのだが、ときには悪くもない客まで、つっけんどんに追っばらい、
「なんだ、仲通りは思い上がってんじゃねえのか」
と、評判を落とすこともないではない。しかしこれは何十年来くり返されてきたことで、すぐさま改善しようとしても、なかなか難しい。
仲通りで断られた客が、よく線路際の第二宝来家にやってくる。
「がらがら空いているのに、〃予約席〃といわれた」
と、かんかんになっている。
「そうですか、そうですか、うちはいいですよ」
こららは客席も多く、ゆとりもあるので、冷たくしない。すると元気づいて席につき、隣りの客や店の者に、
「さあ飲んで飲んで、おれはね、このとおり金を持ってるんだから、大丈夫なんたから」
と、意地になって酒をすすめる。

私は、飲み屋をやるからには、酔っぱらいでも、多少おかしいと思う人でも、お守りができなければ落第だと思う。酔っぱらいにしても、悪党でなければ、できるたけ気持を傷つけないように、うまく持っていかねばならない。
「お客さん、ヤケ酒はいけませんよ。体にも毒だし、こういう盛り場だから、いいことばかりないですよ。ふとんに入ってゆっくり考えた方がいいですよ」
角をたてずに、親身にいう。すると、たいていおとなしく聞いてくれる。
「わかったわかった。おやじ、酔わねえうちにまた来るからな」
中にはほろりとして、泣いて帰る人もある。

N銀行の木下さんは、昨年春、大阪支店に転勤となった。ところが、東京に出張してくるたびに、うちの店に寄ってくれる。奥さん子ともさんたちに、「宝来家のやきとり買ってきて」と頼まれるからだという。  タレで焼いた五十本をパックに入れ、ポリエチレンの袋で密封し、きちんと包んで、手にぶら下げられるようにしてあげる。そうすれば、新幹線に乗って大阪に着いたあと、またニ時間ぐらいは温かいからだ。転勤してもうちのやきとりを忘れずに、出張のたびにみやげに買ってくれるなんて、ほんとに有難い。

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ついさいきんのことだ。三十代のサラリーマンが、二十代の後輩たちと飲んだり話したりしていた。帰ることになり、その人が勘定を払うことになった。ところが、皿にはやさとりが、また五、六本残っていた。私はそれを包んで、その人に渡した。
「お客さん、子どもさんに持って行ってやんなさいよ」
何週間かたって、その人がまた店に来た。
「子どもが喜んでねえ。お肉のだんご、お肉のだんごって」
「そらあよかった。家庭じゃ、こういうもんできないからねえ」
「お父さん、また持ってきてっていわれてね。だからまた十本つめてよ」
「じゃあ、まっすぐ帰んなさいよ、温かいうちに」
この日は土曜日だった。その人は、明日は日曜日というので、楽しんじゃって、私の店にかなり長くいた。帰るときは、焼きたてのやきとり十本の包みを持って嬉しそうだった。何時間かたったとき、ふっと思った。
(今ごろ子どもが、喜んでやきとりを食ってるかな)
すると無性に嬉しくなった。